「生きた証」を残さなければアリと変わらない

 

何度も読み返す書籍のひとつに、
「本は10冊同時に読め」があります。

 

 

 

その中でも特に響くのがこの箇所。

 

 

「生きた証」を残さなければアリと変わらない

 

イソップ童話では、遊び暮らしたキリギリスよりも
勤勉なアリが正しかったというオチがある。

 

だが、人が遊んでいるときもせっせと働く人生の何が面白いのだろう。

せっかく生まれてきたのに、
楽しみをまったく知らないまま死んでいくのでは、

誰のための人生なのかわからない。

 

 

そうした生活を10年、20年、30年と送っても、後には何も残らない。

 

50年後、自分の一生を終えたときには、自分が生きていたという証はなくなってしまう。

祖父や祖母の記憶はあっても、曾祖父、曾祖母については知らないという人がほとんどだろう。

血はつながっていても名前は知らない、どんな生き方をしたのかもわからない。

それでは、この世に存在しなかったのと同じである。

 

 

幕末の志士の末裔、殿様の末裔が何百年も前の祖先のことを知っているのは、

祖先がその時代において生きたという証を残したからだ。

 

 

 

今、この本を読んでいるあなたはどうだろう。

50年後も自分のひ孫に名前を覚えてもらえるような生き方をしているだろうか。

お墓に戒名を刻まれる以外は何も後世に残せないようでは、あまりに寂しい。

 

 

社会に出て間もない人は、まだ今からでも間に合う。

会社という組織に染まる前に、自分がこれからどう生きるべきかを考えたほうがいい。

一生働きアリのままでいたいのか、キリギリスに転向したいのか。

 

 

「そんなこといっても、今の世の中、みんながこういう生活を送っている」と思う

かもしれないが、それはあなたが今の世の中しか知らないからだ。

 

 

 

本を読まないと、今現在のことしかわからない。

 

 

だからみんなと同じ生活を送る道しか見えないのだ。

歴史や文化を知れば、現在がすべてではないとわかるはずだ。

 

 

同じ現代であっても、国が違えば生き方は無限にある。

自宅の寝室にいながらあらゆる時代・場所の生き方を追体験できる読書は、

あなたに生き方の可能性を示してくれるはずだ。

 

 

 

本は10冊同時に読め 本を読まない人はサルである! 成毛誠
P.42~P44 より

 

 

コミュニティーを作る
コミュニティーのリーダーになる

 

というのは、

 

まさに、

自分たちの手で未来をつくり
生きた証を残すため。

 

 

あなたはどんな生きた証を残したいですか?